StyLeの歴史

StyLeの歴史

「ととしぐれ 渋谷」OPEN

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「ととしぐれ 渋谷」OPEN
忘れもしない4月11日にオープン。
そこから毎日死ぬほど働いた。お店は、毎日ランチから朝まで。僕はお店に住み、毎日1,2時間の仮眠で20時間以上毎日働いた。
近くの銭湯に行くのも小走りで。実力が追い付かず時間がいくらあっても足らなかった。。
人が足りなかったこともあったが、なんとか責任もってお店を守るために、、
とにかく結果が欲しくてがむしゃらにやり続けた。
ただ、自分の根拠なき自信が唯一の武器だったため、営業中は虚勢を張りやるものの、自分の実力がなさすぎてよく閉店後は一人でお店で涙を流していた。。
実力なく教わってばかりいるくせに、そんな根拠なき自信を守り抜くために、売り上げを上げていくうえで納得いかないことは上司に絶対譲らなく、言い合いになることもしばしばあった。
そんな時に、社長からメールが。。
『えいすけ、素直になりなよ。実力がないやつが吠えても負け犬の遠吠えになるだけだぞ。何か言われたら、でも・・とか返すんじゃないよ。そんなんじゃ、誰も何も教えてくれなくなるぞ』と。
そのメールに僕は、
『でも・・』と返した。(笑)
僕は、教わるべきことは、素直に教わっていたし、感謝もしていた。先輩から教わっている立場も全くはき違えていなかった。
いくら言い合いしても、先輩に対する挨拶、感謝の言葉はしっかりしてやっていたつもりだった。
なので、ゆくゆく絶対に仲良くお酒飲める仲になりますから!心配いりません!と、答えた。
僕の実力不足とか経験不足とは関係ないところで、純粋により良いお店のために必要だと思われることにだけ固執して反論していたものだった。
のつもりだった、当時は。。(笑)
でもきっと生意気だったと思います。。たけさん、すみませんでした。(笑)
でもあの時は、そこまで譲ってしまったら僕の根拠なき自信という力の源が失われ、やり抜けなかったと思う。

ということで、
もしかしたらこれで見捨てられるかもなと思いながらも、
『でも・・』と返した僕に
社長は、、
『そうか。痛いほど気持ちがわかるよ。僕もよく悔しくて一人で泣いていたよ。でも、だったら絶対に結果が必要だぞ。結果出せよ。頑張れ。』
と。
もうそれがまた本当にたまらなくて、、
より一層なにがなんでも結果だしてやるという気持ちにさせました。
思い返せば、もうあんなことしたくないなと思うほどつらかったんだけど、
当時にお店でいつも流れていた音楽を聴けばいつでも泣けるくらいの思いだったんだけど、
それ以上に夢中で結果出したい気持ちの方が上で、あんまり辛いなんて思う暇がなかったという感じでなんとかやりきれたんだと思う。
結局半年くらい住んで働き続けたかな。。
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